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マリーとは何だろう。僕が思う全ての疑問が、宙にまかれてしまったような幻想を抱く。世界は真っ暗闇なのだ。
「君たちが言うマリーは、白と黒の二人を合わせたもののことなら、マリーの言いつけという風に黒が話すのに違和感を感じてしまうよ。どういうことなんだい」 白は嬉しそうに口を開いた。 「いい?言葉は便宜上のものなのだから、便宜的にその役目を果たしているのよ。あなたにきっと一つの名前があるように、それはある意味でアイデンティティを含んだ言葉として、一つであるはずなんだわ。だからマリーはあたし達だけど、マリーとは違う名前にしなければならかった。この意味、わかるかしら?」 「マリーは別にいるけれど、君達はマリーとつながりを持っている。そういうことかな。」 黒が僕から離れて僕に背を向けた。 「なんと聡明だ」 黒は興奮した様子でそういった。 「君は良い。君を煙においやる人間どもはなんて罪深いんだろう。さらにいえば君の記憶はなんて記憶らしいんだろう」 エボルは頭に手を置き、焦った様子を見せた後、仕方ないといった表情でこちらを向いた。 「そんな感じで進めていくのもいいが、1から10でも見つけられるぞ。お前さんの言うとおり聡明だよ。こいつは。だがそんなに急ぐ必要もないだろう。」 「僕の記憶?」 大変だ。本当に。彼らのいうことは余りにも遠回りだ。 これに似た話を聞いた事がある。悪魔と天使と人間のロジッククイズだ。悪魔は嘘をつき、天使は本当のことしか言わず、人間はどちらも使い分ける。大それたクイズだ。 |
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知らない歌が聞こえる。眠りなさいと言っている。ダメだと思う。僕は見つめる事をやめてしまえない。ラミィから吹き出る赤い絵の具が、今後一生、僕の全てを赤く塗り上げることを知っているから。赤いのに赤くないといえるほど、僕は大きい人間じゃない。
ラミィからは依然、血が空を切り裂くように吹き出てる。 「それで君の夜が明けても、僕らの夜は明けないんだ。仕方ない」 彼女のいるはずの部屋から少し物音がする。彼女は何をしているのだろうか。皿を割ったのだろうか。ラミィは力なくうなだれて、彼女の部屋を見ようとしたのか、ゆっくりと力を振り絞って、首を挙げようとしている。 知っている歌が聞こえる。眠りなさいと言っている。ラミィに歌っていたのか、君は。そんなに悲しい声で。 「負けたんだ。行けよ」 ラミィはもう少しで彼女の部屋を見れるような視線に行くところで、方向を変え、僕を見た。そして身体を震わせながら動いた。動けることに驚きはしなかった。ラミィは足をくわえ、よろよろと月へ向かった。ものすごい血の匂いがここら一体の恋人の話題にあがったかわからない。それくらい血の匂いは、何だか生温くて、未曾有の香りだった。肺の奥からこみ上げる気持ち悪さを感じながら、僕は思った。彼は振り返らなかったと。 生きることは、気持ちが悪い事なのだろうか。 実をいえば、その時のことはあまり覚えていない。気が遠くなるほど時間はゆっくりと流れていっていると思えたけれど、不思議と思い出せない。誰かの説いた超自我の中にでも無理矢理押し込んだのかもしれないけれど、それは煙がいったいどうやって薄くなっていくのか、という問題を議論する事よりどうでもよかった。 僕は勝って、彼女と一緒に死ねる。 ただその事実がその時はほの暗い雲のかかった昼みたいに優しくのしかかってきただけで、胸がいっぱいだったから。 「あ、」 彼女が部屋から出てきていた。まるで我慢する事が出来ずに時間になってもこないお母さんに一人でどこかに行ってしまう子供のように。 「何も言わなくて良いよ。こうやって、僕が一緒に背負っていくよ。幾分軽くなるから。だから一つ一つ、大切に切り取っていこう」 ごめんなさい、とは言わないことを僕は知っている。ごめんなさいで消えてしまう過ちすら背負ってしまうことを知っている。彼女はそうやって生きてきた。それがどんなものを招きよせ、傷つけ、愛したのかは知らないけれど、僕はそういう彼女を好きになってしまったのだ。 「ありがとう」 彼女はそう言って、僕を部屋に入るように促した。良いタイミングで雨が振ってきた。もう秋に入るのかもしれない。 |
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僕はエボルの言う事をそれなりに受け流してはいたが、段々彼の言葉が好きだと気付きだした。彼の言葉はなにか僕に安心に似たような気持ちを与えてくれる。
「でも、産んだってどういうことなのかな」 エボルはにんまりとして僕を向いた。星座でも探しているように、僕の顔をじっくりと見ていた。 「人間は実に可愛らしい生物さ。生物と無生物の違いなんて俺に言わせれば、無いに等しいけれど、生物らしい生物と言える。俺はね、実は地球に呼ばれた天使なんだ。寂しいって泣くからさ、来てやったんだ。それで俺が、人間を産んでやったわけ。これで寂しくないだろうってよ。それがどうだ。今の地球はまたないてやがる。仕舞いには、私は人間を愛しているから、なんて言い出す始末さ。俺が、それなら壊しちまえば良いって言っても聞かない。まぁ、人間が生まれて泣かない奴なんていないけどな。」 「彼の言葉を全て信じてはいけないわ。」 僕が白鳥に目を逸らすと同時に、エボルは軽い口をすばやくあけた。 「でた。それだよ、それ。なんでわかんないかな。こいつが例え誰より正常だとしてもな、誰より異常だとしてもな、そんなのは関係ないんだ。真偽を知るということは、お前らでも及ばないほどの真理が働いているのさ。」 「どういうこと?」僕は少し唇を寄せて、聞いた。 「つまりな、真実なんてものはないのさ。そしてそれこそ嘘なんてものもない。言葉が可哀想だ。勝手に使われて、勝手に罪名なんぞつけられてな。おい、言葉はな、本来名前のためにあるものなんだぜ。本当に生まれるべきは違うところにあるんだ。疑い始めたらきりなんか出てきやしない。信じ始めたらばかを見るだけだ。いいか、疑うのも信じるのも、どうでもいいんだ。お前がどっちを選ぶかだ。俺の言葉に意味がないと思うならそれでいい。それで終わりさ。」 「エボル、もうやめなよ。そこまで僕は僕でいられない。それにそんなに邪魔をしないで欲しいな。」 「わかったよ畜生。いいから銃を下げろよ。怖いから。」 黒夜の方を見てみると、彼は銃をエボルに向けていた。どこからだしたのだろう、と考えなくなったのは、僕が異常だからか。それとも僕がエボルの言葉の意味を理解していたからなのか。 「聞きたいのだけれど、あの犬の名前が、何故そんなに重要なんだい。」 白鳥は優しく微笑んでこういった。 「では、あなたたちの名前が、何故そんなに重要なのかしら。」 彼女のしたり顔に、少しムッとしたけれど、冷静に言いなおした。 「ごめん。じゃあ、なんであの犬の名前でなければならないのかな?」 銃を降ろした黒い人間は、僕のそばにきて、僕の左手を握った。そして耳元に囁いた。 「マリーのいいつけさ。」 「マリー?あれは出鱈目じゃあなかったってことだね」 エボルは微笑んだ。 「このエボルが言うことは、適当なのだよ。真実でも虚偽でも、好きなことを言う。」 「あたしと黒夜が、マリーなのよ。」 「君と黒夜が二人でマリー。そのマリーは、聖母マリアに何か通じているのかな。」 「関係なんてないわ。つけようと思えばいくらでもつけられるけれど。好きじゃないのよ、さっきも言ったけれど、名前なんて便宜的なものだもの。」 |
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48.
彼はずっとずっと、僕の腕に噛み付いていた。 「これはハンディでも同情でもない。強いて言うなら、君に対しての賭けだよ。僕に向かってこれるほど、君が彼女を好きなら僕もやることが違ってくる。」 彼は余りにも彼女が持っていないものを持っていたのかもしれない。僕達人間がもてないものを、持っていたのかもしれない。正反対のものが引き合うのは、正反対だからだ。本来、それらは正反対である理由と共生しているはずだから、めったにそれはシンクロしたりしない。 彼が僕に噛み付いている間、僕の血は腕をボードスポーツのように伝ったし、星は荒れ狂う海に沈んだ船のように静かにしていた。 「僕は君を殺さなくちゃいけない。」 この言葉を言っても、彼は噛み付くのを止めなかった。はじめに噛み付いたのは俺だと言わんばかりに。そんなの分かっているといわんばかりに。 「いいか。容赦はしない。僕の持てる力で、君を殺す。彼女を守るのは僕だ。彼女が泣いてしまうような時、それをぐっとこらえているとき、それを背負うのは僕だ。君じゃない。」 彼は牙を抜き、こっちを向いて舌をだして笑った、ように見えた。そして僕も笑った。彼はすごい速さで僕から離れた。にらみつけられた僕の目も、彼をにらみつける。 「ありがとう。」 僕らは互いに向かっていった。僕の頚動脈を間違いなく正確に狙ってきた彼を、右手で振り払う。吹っ飛ばされて仰向けになったところを僕は簡単に載ることが出来た。その時、僕は強くなれていたのか、強かったのかはわからない。でも確かに彼は、弱さを演じていた。 マウントポジションから、彼の右後足を両手でしっかりつかんで、思い切り引っ張る。 彼は吼えた。その顔には怒りさえ感じ取れた。そりゃそうか。卑怯は承知だ。僕も中途半端な人間だ。 その瞬間、彼は右前足で僕の頬を掠めた。血が吹き出た。そしてそれがきっかけで、彼の右後足は彼に別れを告げた。どろどろとした血が吹き出た。気持ち悪かった。彼は痙攣していた。 |
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47.
「意味がないのはいいことかもしれないけれど、それはそれで何か意味がありそうだと思ってしまうのは僕の買いかぶりかな。」 すると黒夜はまるで月のように微笑んだ、ように見えた。彼はこう言った。 「僕は君を愛しているよ。この世界の何よりも、君は素直で、くすんでいない。」 「愛は流動するものだと、三日月の爺さんが言っていたけれど、気をつけろよ。黒夜は親愛なるマリーの悪の部分だからな。何を考えているにしろ、気をつけることには変わりないんだ。逆に白鳥を信じられないようだから世界は滅びたんだけどな。」 エルビスは何を言っているかわからない。だけどそれが正しい時もあると思った。 「白鳥と、黒夜。君はなんて、その、呼べばいいのかな」 「謙遜しなくて良いのよ。名前なんてものに意味はないんだから。そもそも私たちだって、名前を名乗る理由に、あなたへの礼儀とものごとの効率化以外の意味を持ち合わせてないんだもの。」 だけど、名前を探すために翼をつけた僕は、出発の手前、目的はあくまでも名前だった。白鳥と黒夜、確かに意味は無いだろうけれど、僕は意味をつけなければならない。それはあくまでも僕のためであり、ほんのすこし、ロココのためだから。 「俺の名前を聞きたいのなら、お前の名前はなんだい?」 エルビスはまた二人の肩に手をのせ、いつのまにかサングラスを掛けていたのに気付いた。サングラスにはそのグラスに一文字ずつ、カタカナが書いてある。「ラ」と「ブ」だった。 「そうだね。それは失礼だった。ごめんよ。だけど僕に名前はないんだ。僕も捜している途中だよ。」 エルビスのサングラスの文字が変わった。今度は「あ」と「い」だった。何かのメタファーだろうか。それについて関連性がないと考えてくてしょうがなかった。エルビスは笑った。 「名前がなくて、よく生きられたな。名前はある意味で願いさ。祈りさ。望みさ。何かを突きつけられて生まれてくるもんだ。人間って生き物はみんな。願いで始まれば、願いで終わる。そうは思わないか。」 僕は黙って窺う、ようなていを装っている、ように演じてみた。 「失礼。悪かったよ。黒夜が怒っちまう。俺の名前はエボルさ。遠い昔、地球を産んだんだけどな。覚えてないかい。」 「覚えてないよ。」 |


